2017 センター日本史難問集
Ⅱ 藤田東湖・会沢安(正志斎)らが、尊王攘夷論を説いた。
Ⅲ 明和事件で、幕政を批判し尊王論を説いた山県大弐が死罪となった。
②元禄期には大坂堂島の十組問屋が、幕府に公認された。
③上方で生産された醤油が、幕末まで江戸の市場を独占した。
④蝦夷地や日本海側の産物が、北前船で上方へ運ばれた。
①河川舟運
17世紀初め、初期豪商である角倉了以が、賀茂川・富士川の整備と高瀬川等の開削を行った。馬借の仕事が奪われたのは言うまでもない。 末次平蔵ではない。
②17世紀末に大坂・江戸の問屋が仲間を結成して【二十四組問屋】(大坂)と【十組問屋】となり、海難事故の損害負担を協定した。十組は✖︎
③醤油は野田と銚子だから江戸の市場は独占できない。
④正文
正解→④
第3問 問3 年代整序問題
幕府は1333年に滅亡し、建武の新政が始まったに関連して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に並び替えよ。
Ⅰ 元に建長寺船が派遣された。
Ⅱ 雑訴決断所が設置された。
Ⅲ 北畠親房が『神皇正統記』を著した。
答えは下
↓
第2問 問5
浄土信仰の興隆と背景
浄土信仰の興隆と背景について述べた文として誤っているものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。
①末法思想が広がるなか、11世紀なかばに平等院鳳凰堂が建てられた。
②空也は、京の市中で念仏を唱えて往生を説き、阿弥陀信仰を広めた。
③定朝は、一木造の技法を考案して、仏像の大量需要にこたえた。
④院政期には、豊後の富貴寺大堂など、阿弥陀堂が地方でも建てられた。
正解は下
↓
③定朝が考案したのは寄木造。
院政期の建築
ポイントは畿内以外の地方にあるということ。浄土教が聖や上人らによって地方へと広がり、地方の有力者によって営まれた。だから都道府県名とセットで建築物を記憶せよ。・三仏寺投入堂【鳥取県三朝町】・中尊寺金色堂【岩手県平泉町】
・富貴寺大堂【大分県豊後高田市】・白水阿弥陀堂【福島県いわき市】
0コメント